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Everything Must Change
(by Barbra Streisand)

「……っで、今日のお題は?」というKYな問いかけ

2015年12月24日

私はある種の厄介者であるらしい。子供の頃からうすうす気が付いてはいたのだが、最近で言うところの典型的なKYらしいのだ。考えてみれば、空気を読む努力をした記憶はそれほど多くない。特に会議という名のつく社会的行事で、「……っで、今日のお題は」というKYぶりが目立つのだという。

当たり前のことだが、会議にはテーマがある。テーマに則したメッセージ(会議資料ともいう)がある。そのメッセージをベースにした一方通行でない議論があり、そしてゴールがある……はずだ、とこれまで考えてきた。これからもそれは変わらないに違いない。急に変えられるほど器用でもないし……。

ところが、そこら辺のところが結構あやふやなまま、何人も集まって小一時間以上も費やすことに身体がついていけず、「……っで、今日のお題は?」と条件反射してしまうのだ。すると当然ながら、気持ちよく、長々と話をしていた人の顔がみるみる曇っていく。そして、全体に冷たい空気が流れる。

数年前、様々な企業や団体の広報・営業戦略などといった対外的な情報発信のサポートを外部スタッフとしてさせて頂いていたことがある。その関係か、今でも、その方々の「社内会議」にお声かけいただくことが多い。先日も、ある公的な団体が開く定例会に、コミュニケーションデザインという視点から参加してほしいというので、顔を出した。

いつものように「コ」の字型に長机が置かれ、10mmはあろうかという分厚い資料、その横には幕の内弁当とペットボトルのお茶が規則正しく置かれている。おおよその人が席に着いたころ、主催者が会議の趣旨を説明しはじめた。淡々と資料を一枚目から読み上げ、資料の確認が終わったころには、予定時間の7割が過ぎている。「みなさんどうでしょう」といっても声がない。今回の趣旨が「意見交換」であるにもかかわらず、だ。下を向いたまま静かにページを繰っている。そのうちに、予定の時間がやってきてお開きになる。

こうした状況は極端なようにも思われるかもしれないが、決してそうではない。弁当やお茶の有無の差こそあれ、ごくごく普通に行われている会議の姿だ。少なくとも私が経験した範囲内での判断だが、それほどずれていないだろうと思う。

宮本 常一氏の『忘れられた日本人』によると、こうした調整の方法が日本のコミュニティーを形成してきたとあるが、それはあくまでも古き善き時代の日本社会を舞台にした話である。しかも、ビジネスミーティングの現場であればなおさらだ。

シンプルであれば逃げ場所も誤魔化しようもない。会議にしても、その例外ではない。

●話し合うべき内容は「戦略面」なのか「戦術面」なのかを明確にする(それで、スタッフィングは決まる)
●会議のゴールは「決定」なのか、「議論」なのかを明確にする
●資料は事前に用意し、配布しておく(確認していない者は参加させない)
●反対意見には必ず対案を求める(対案無き反論は無視する)

少なくとも、私が招聘する場合はこのポイントに固執する。それを意識するだけで会議の雰囲気はずいぶんと変わってくる。こみ入ったテーマでも30分プラスアルファ程度の時間で十分。これが私家版「参加して意味ある会議の最低条件」だ。一度、お試しあれ。

ということで、なんやかんやと屁理屈をこねながら、社外からお呼びがかかった場合は別にして、社内で行われる会議の内、5つのうち3つはバックレ、残り2つのうち1つでは「……っで、今日のお題は?」というKYな発言でひんしゅくを買う。それでも、バックレた会議でも、次回の開催予定が来るのは、「……っで、今日のお題は?」って言っても、「まあ、まあ……」となるのは、なんでなんだろう。