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(by Barbra Streisand)

【仕事集】エコレザーに挑戦する百年企業

2016年1月22日

日本エコレザー認定事業_社長インタビュー_執筆

世界文化遺産「国宝」姫路城を望む1万坪のタンナーの工場敷地がある。敷地内には排水設備も完備。健康にいいだけではなく、地球に優しい環境面を訴求した“ものづくり”とプラスワンの“ことづくり”を重視するエコレザーへの取り組みを、タンナーとして百年の歴史を持つ株式会社山陽に聞いた。

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「神功皇后三韓征伐の際、連れ戻した者の中に熟皮術に長けるものあり。始め但馬の円山川にて試製せしも水質適さず。依って南下し播磨に入り市川にて試みたるに良好なる成績を顕したり、故に之れを師として其の技術を伝習したる高木村民にして姫路革の名を以って世に著はれたるなり」(『花田史誌』)

姫路の皮革産業の歴史は千年前にさかのぼるといわれている。その中心となったのは、かつての丹波国、丹後国、但馬国の間に位置する三国山に源を発し、播磨灘に注いでいる市川である。上流部にはかつての生野銀山があり、ミョウバンを含んだ水質は皮の鞣(なめ)しに適していた。そうした地理的環境に恵まれたこの一角は全国有数の皮革産業の中心地に成長し、姫路革は全国に知られるようになった。

その地域で1911年に創業した百年企業のタンナーが株式会社山陽である。日露戦争後に軍隊のベルトや靴などの軍需向け皮革工場としてスタートした同社は、その後着実に成長。現在では、紳士靴、婦人靴、ハンドバック用革の開発、エコレザーへの取り組みなど、時代に寄り添った経営を続けている。

■エコレザーで差別化戦略を推進

同社がエコレザーに取り組んだのは早く、09年にスタートした認証制度と同時期だという。「国際的に様々なエコレザーのスタンダードがありますので、それらを照合しながらジャパンエコレザー基準ができた初期段階から当社は取り組んできました」と川見斉社長。

皮革産業には水と薬品が不可欠なため、どうしても環境負荷が高くなる傾向にある。環境意識の高まりの中で、解決しなければならない経営課題の重要なテーマでもある。しかし、東南アジアから輸入される皮革にはまだそうした製造思想は低い。海外からの安価な製品が日本市場に入ってくるといったマーケット事情に対抗するため、「海外の商品との差別化というのもエコレザーへ早くから取り組んだきっかけのひとつです」と同社の喜田邦男会長は言う。

ジャパンエコレザー基準には製品の品質だけではなく、製造過程における排水設備のような環境対策も重要な構成要素になる。「排水は姫路市の下水道を利用させていていますが、排水基準値に収まるレベルまで処理した上で放流しています」と工場内に自前の処理施設を持つほどの対策を講じ、企業の社会的責任を果たしているという徹底ぶりだ。

こうした取り組みには、企業活動の社会への影響に責任を負うという同社の経営理念を背景がある。ジャパン・エコレザー認定取得革の商品に占める比率を向上させることは、重要な経営指標にもなっているという。

これまで同社は23種類のエコレザー製品を申請・登録し事業展開している。そうした中から見えてきたことがある。エコレザーそのもののコンセプトがマーケットにはさほど定着していないのではないかということだ。その理由の1つが、ファッション業界で使用されることの多いというマーケット事情がある。ライフサイクルがワンシーズン程度、紳士用でも半年に一度、季節、春夏秋冬で変わるのがファッションという世界のビジネスルールだ。素材供給企業としては、そうしたマーケット事情に応えていく必要がある。

■エコレザーに必要な“ものづくり”と“ことづくり”

実は、日本のエコレザーの基準は厳しく、マイナーチェンジしただけでもエコレザーの申請を取り直さなければならない。色が違えば、それも申請を取り直す必要がある。それをシーズン毎にしなければならないとなると企業側に大きな負担がかかる。これがエコレザーが定着しない理由ではないかとの意見が多い。しかし同社はそうした意見とは一線を画す。

「業界内で話をすると、どうしてもコストの問題などがメインになってきます。しかしエコレザーが定着するためには、商品そのもののストーリー性が重要だと思います。ストーリー性を持って一般消費者にダイレクトに訴えることが、商品価値を高めていくことになるのではないかと思います」(川見社長)

「ものづくりにこだわって『こういうものを作りたい』『作り手の思いが入っている』そうした商品を消費者の人におすそわけしたいという感覚でものづくりをしているクリエイターの方々が、少しずつ増えているように思います」と喜田会長も“ものづくり“と“ことづくり”という両面の重要性を意識している。

千年を超える歴史を持つ同地域においてなお、 “もの”と“こと”というマーケティング発想で次の歴史を創りだそうとするニッポンのものづくりの魂が取材から見えてきた。